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2009.10.18

小さな幸せを続けるために!

 “結成7年目に入った、つい最近のこと”

 地元の小学校で50年ぶりのクラス会があるということが、当会役員会後の雑談で話題になりました。すると、もう一人が「私もそのクラス会に出る。」と、言う人がいました。・・・そこで初めて同級生だったことに気付いたそうです。

約50年前に小学校を卒業し、それぞれ別の人生を歩んできた二人が、偶然蒲田消防署の災害時支援ボランティアとして活動し、互いを知らずに共にリーダーとなりました。現在は、当会の会長と副事務局長。クラス会の話題が出て、帰宅後古い卒業アルバムを見たら、そこには二人の笑顔と名前が書いてあったそうです。ついでにそのクラス会の幹事の一人は、当会六郷支部長の奥様だったそうです。

“縁は異なもの不思議なもの。”

50年の歳月が過ぎても、きっと互いの心中に“防災”の心があったのかもしれません。“自分たちの町は、自分たちで守る”その気持ちが、離れ離れの友人の心を見えない線で結んでいたのかな・・・・って、勝手に想像しています。

私は、子どもの頃から将来はこの町を出ていきたい。って、考えていました。でも、気がつくとこの町に帰ってきていて、この町を守るボランティアをしています。

“小さな幸せを取り戻すために、ボランティアを続けています。”

ボランティアに登録したきっかけは別にありますが、なぜ今も続けているかと言うと別の理由があります。
“町を守る”なんて大げさなことはできません。でももし大災害・大地震が発災しても、出来る限り早く元の生活が出来るようにしたいから、このボランティアを続けています。

朝、出勤する時に笑顔で送りだしてくれる妻。帰宅すると「おかえりなさい。お疲れ様」と迎えてくれる妻。その妻や家族のいる家に帰る。こんな小さな幸せを毎日繰り返すことを大切にしています。

私の父は、外国航路の船乗りでした。「いってらっしゃい」と父に言うと、「おかえりなさい。」は、3か月後になりました。
我が家では、子どの頃から家族の外出時は、出来るだけ見送り、帰宅時には必ず「おかえりなさい」という習慣ができました。
大げさかもしれませんが、朝一歩外へ出たら必ず家に帰る。という思いで気を引き締めて出て行きます。

発災時、自分が生きていて妻や家族が無事で、自発的に消防署に参集することが出来る状況であれば、私は消防署に向かいます。もし、出勤前・出勤途中であれば一度会社の様子を見に行きます。出社中であれば、社員を全員帰宅させるまで、自分の帰宅は無いでしょう。会社に出ても、消防署に参集しても、災害発生後3日間は、救助活動にあたることでしょう。その後どのくらい、復旧に時間を費やすかは、想像もできません。
また、自分が負傷したり、死亡したり。家族に不幸があれば、私のささやかな幸せは、ストップしてしまいます。
そのようなことのないように、蒲田消防署災害時支援ボランティアとして活動したいと思います。また当会会員として多くのことを学び、技術の向上に励んでいます。

自分ひとりでは、幸せにはなれません。家族だけでも出来ません。多くの人が、災害を減らし復旧、復興を短時間に出来れば、元の生活、元の小さな幸せを取り戻すことが出来ると私は信じています。
 

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