2013.11.23

基礎の繰り返しが応用に繋がる!

本日、東京消防庁震災訓練を体験して、基礎の繰り返しが応用に繋がること。それが臨機応変に対応できるようになると確信しました。訓練が訓練で終わることを願いつつ、実際に災害に遭遇したときに、過去の訓練が必ず役立つ。同じ場面は無くても、それを活かすことができる。自信になると思う。そんなことを考えながらこのブログを読み返していると、2011年の記事にたどり着きました。子どもガーデンパーティー活動報告!2011.05.09の記事より)

災害時支援ボランティア登録者が、より多く訓練に参加するように。そして新たな仲間が増えますように。その思いから下記の記事を再掲載します。参考にしてください。

 

 

『さらなる一歩!そして共にボランティアとして!』

私たちは、津波の前には無力でしょうか?津波に押しつぶされながらも生き残られた人たちは大勢いらっしゃいます。もし、その場にいて生きていられたら、私たち災害時支援ボランティアは、今、自分が出来る最大限のことすれば良いと思います。

 

実際に津波に対しては無力かもしれません。でも、今から諦める必要は無いと思います。人生の中でいつ起きるか分からない災害のために、私たち災害時支援ボランティアは、訓練と講習を繰り返し行ってきました。それは結果的には、身近な事故や急病のためかもしれません。大地震や大災害かもしれません。

 

もし今、何かあったとき、次に何をするか。何が自分に出来るか。何が最善策か。それを考え行動することが、肝要と思います。だからと言って、年がら年中そのことばかりを考える必要はありません。“その時”に考え、“その時”に行動する。その前に当然生きていること。生き抜いていること。極力怪我をしないで。

 

“その時”パニックにならない為には、繰り返し訓練をすることだと思います。“その時”と同様の訓練は出来なくても、似たような場面を想定する。或いは、仕事中。または散策中にでも“その時”をイメージして“次はどうする何をする”かをイメージするのも良いでしょう。

 

自然災害の発生は防ぐことは出来なくても、自然災害の教訓は活かさなければいけないと思います。自然災害で亡くなられた多くの犠牲者に報いるためにも、過去の被害を検証し、どうすれば被害を最小限に食い止められるか。被災したら被害の拡大を防ぐために、どのような自衛策があるか。応急手当は如何にするべきか。災害時支援ボランティアに登録しているなら諦めず、さらなる一歩を歩みましょう。

 

まだ登録されていない方も私たちと一緒に、さらなる一歩学びましょう。共に訓練致しましょう。


2013.06.17

蒲消ボYの好奇心!?見学・・・宮本町会市民消火隊!

今年の正月どんと焼きを手伝いました。→ 蒲消ボYの好奇心!?・・・どんと焼き!

 

蒲消ボYに、どんと焼きの手伝いを快諾して下さった宮本町会市民消火隊のUw隊長に、宮本町会市民消火隊の訓練を見学させてていただきたい!と、さらなるお願いをしました。

宮本町会の宮本の宮は、六郷神社を指します。

imgp3367←こちらの市民消火隊の訓練場所は、

六郷神社の境内石畳の上で行われます。

imgp3383←六郷神社の神苑の下には、東京消防庁の防火水槽があります。

imgp3382←掃き清められた早朝の神社境内。石畳の上をC級可搬ポンプのエンジン音が鳴り響きました。

imgp3403←こちらの市民消火隊は、毎月一度この境内地をお借りして、訓練をしていいます。隊員数は、隊長以下5~6名。隊員数は少ないけれど、どの隊員も経験は長く、どの隊員も今年最初の訓練とは思えないほど、鮮やかな動きをされていました。

 

蒲消ボYは、六郷地区市民消火隊操法発表会の日に、ある疑問が湧いてきました。

もし、たまたま他町会のポンプ小屋の前を通りかかった時に大地震が起こり、近くで火災が発生。その時にポンプ小屋周辺から、その地域の市民消火隊隊員が集まり、C級可搬ポンプを出して火災に立ち向かおうとしていた。しかし、その場にいた人が誰もエンジンをかけられずに困っていたので手伝いを申し出た。しかし、自分の所属消火隊のエンジンと違うことに気づいた。辛うじてエンジンはかけられたが、水の出し方が分からず使えなかった:・・・何て事の無いようにしなけらば、宝の持ち腐れ?

操法発表会には、15町会自治会のC級可搬ポンプが勢揃い。よく見ると5種類ぐらいあることに気がつきました。吸管の巻き方が違うもの。放水レバーを押すもの、引くものいろいろあります。非常時は、気ばかり焦ります。そうするとなおさら操法を見失います。まして、自分がいつも使い慣れたエンジンと同じ型式ならまだしも、形状が違ったり操作方法が違うと、焦りからパニックを起こす可能性もあります。それを防ぐ方法として、一つは、自分たちの可搬ポンプは、そこの市民消火隊員なら誰でも操作出来るようにしておくこと。

次に、近隣町会の市民消火隊と合同訓練などの交流を経て、他町会のポンプを操作させて貰いましょう。

また、大田区に依頼して、15町会のポンプ全機種のカタログなどを取り寄せ見比べておきましょう。

例えば、操法発表会の際には同機種をグループ分けして、展示して見るのも効果的でしょう。

どこの消火隊員でも、どこのポンプでも協力して稼働させて放水できるようにしましょう。

(そのためにも六郷15町会自治会の市民消火隊を全部見学したいと思いました。ひとまず交流を目的に機会を見つけては他町会の訓練を見学させていただくことにしました。尚、見学に際しては必ず自分が所属する市民消火隊隊長の許可を取って、市民消火隊の制服着用で出かけています。)

2013.06.15

蒲消ボYの好奇心!?・・・どんと焼き!

平成23年1月に復活した大田区 六郷どんと焼き。復活した年の正月、近くを通りかった蒲消ボYはそれを見て感動しました。どんと焼きも凄かったけれど、それ以上に、その火の子による延焼防止のため近隣3町会の市民消火隊3隊が協力して可搬ポンプ1台を六郷川(多摩川)の河川敷に配置。そこから水をひいて河原の枯れ枝に放水する姿を見ました。それを行うためにホースを12本も延長していました。その12本もの延長をしても放水の水圧が落ちないことに私は興奮しました。

当ブログ参考記事2011.1.12記事参照→C級可搬ポンプ、ホース延長12本。

その後、知人(宮本町会市民消火隊)を通して翌24年の正月には、自分の所属する市民消火隊隊長の許可をもらって、主催者側の宮本町会の仮隊員のような立場で、参加しました。参加に際して、市民消火隊の制服を着用し、火の前では防火服を着ました。その防火服は、自分が所属する市民消火隊で長年使用し廃棄処分になった防火服を隊長から許可を受けて持ち帰り、洗って廊下に飾ってあった防火服です。その時は、客人として着火寸前から消火までを手伝いました。その年は防火服以外は、所属市民消火隊の制服とヘルメット、安全靴。それに水が入らない手袋をしていきました。

しかし、それではまだ足らないと思った蒲消ボYは、紹介して下さった知人にさらにお願いして、今年のどんと焼きでは、朝7時前から知人の所属する町会の町内会館へ出向き、当日の準備段階から最後の打ち上げまで全部手伝いました。どんと焼きの腕章をして、宮本町会の市民消火隊所属隊員のような顔をして、どんと焼きを堪能してきました。

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↑写真は、紹介してくださった知人(右)と蒲消ボY(左)

imgp3287←蒲消ボYのヘルメットは、所属消火隊のヘルメット。どんと焼きの煙は物凄いです。それに耐えるためには、面体が必要と考えましたが、一般的な市民消火隊は面体を装備していません。この面体は、南六郷二丁目町会市民消火隊より、お借りしました。南六郷二丁目町会は、毎年の防災訓練で実際に模型に火をつけて消火する訓練を実施しています。その際に面体をつけていました。それを知っていたので、借用をお願いしました。

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手袋は、蒲田消防署災害時支援ボランティアの手袋です。当時のボランティア担当係長に2回目のどんと焼きの際に、お札のかけらを触ったら火傷をした話をしたところ、ボランティア手袋を使用することを勧められました。消防隊員と同仕様のため燃えて熱くなったお札や竹の燃えカスを触っても平気でした。これでボランティア装備の安全性が実証された気がしました。

私がこうして、どんと焼きのお手伝いが出来るのは、主催者側の3町会(宮本町会・南六郷三丁目町会・仲六郷四丁目町会)とその市民消火隊3隊。友人の所属する南六郷二丁目町会市民消火隊。そして自分が所属する東六郷一町目町会市民消火隊。さらに蒲田消防署災害時支援ボランティアの担当Nk係長(当時)。皆さんのご理解とご協力があればこそ実現できました。この場をお借りして、お礼申し上げます。ありがとうございました。・・・・・・・・来年までには、面体は自分で揃えようと思います。

2012.07.23

つばさ総合高校の指導を終えて・・・“消防車”に同乗!

imgp1387←第2回“だんだん救命講習会”よりhttp://kamasyobo.webside.jp/2011/08/

 

…一昨年から、各地の防災訓練で止血時の感染防止や三角巾の止血法・固定法を説明する際、東京消防庁の指導する内容を間違えないように、また訓練参加者に多少でも理解して覚えてもらうために文字や絵を描いて訓練会場の壁に貼りだしています。 (勤め先で廃棄した定形外封筒の裏を利用してます。)
  
imgp2584←萩中町会防災訓練での様子

imgp1498←某マンション応急救護訓練の様子

最初は、数枚だったのが、各種訓練支援をする度に増やしていくと、いつの間にか数十枚になりました。さらに止血法用の小道具としてガーゼ・タオル・バスタオルなど。固定法用として傘・ネクタイ・雑誌・ベルトなど各種代用品。買い揃えた十数種類の三角巾の見本。
 各社の三角巾(まだ、ほかにもあります。)写真上左側→ imgp04301

 

それを当初は、大型手提げ袋に入れていました。それが段々増え、小型スーツケースになり、つばさ総合高校では大型スーツケースになりました。
 imgp2673←大型スーツケース


つばさ総合高校で使用する小道具は大型スーツケースに入れ、2週間前に蒲田消防署羽田出張所へバスに乗って届けました。
帰りは、羽田出張所所長のご好意で、訓練器材を積んで本署に戻る広報車に大型スーツケースと私を後部座席に乗せて、途中にある自宅近くまで同乗させてくださいました。同乗に際しては、災害時支援ボランティアのベスト着用が条件でした。その条件を満たした私は、走る“消防車”に乗車できた喜びと感動で、つばさ総合高校での疲れも忘れて終始大はしゃぎでした。

imgp2606 ←羽田出張所所長Nk司令と蒲消ボY

広報車は、“広報”と書かれていますが、ただの“広報活動をする車”ではありません。赤色灯とサイレン。無線機。本庁とのやり取りを瞬時に対応する各種システムを装備した立派な“消防車”です。広報活動中でも指令が入れば瞬時に行動できるようになっています。災害現場への人員輸送や器材搬送など、役目は多岐に渡ります。

 

蒲消ボYの家は、戦前から旧蒲田消防署の所在地と同じ町内にあり、互いに第一京浜国道(国道15号線)沿いでした。だからある意味、消防車や救急車のサイレンの音で育ったようなものでした。子供の頃は、夜でも朝でもサイレンの音がすると外へ飛び出し、その勇姿を見るのが好きでした。そして暫くすると、『カン・カン・カン・・・』と音を鳴らして鎮火した事を知らせる消防車の鐘を聞くと子供心に安心感が込み上げてきたものでした。



2012.06.09

東蒲田4町会合同防災訓練見学→支援

 4月27日 蒲消ボYは、東蒲田4町会(東蒲田一丁目自治会/東蒲田一丁目町会/東蒲田二丁目町会/東蒲田二丁目南町会)合同防災訓練の見学に行ってきました。

蒲消ボYは基本、防災訓練の見学に出かける際は、防災訓練参加者と同じ姿で会場に行くようにしています。会場は、防災訓練中ですから私自身も単に見学をするのではなく、出来れば体験させていただこうと思っています。そのため、それらしい姿で出かけます。

さらに町会・自治会の防災訓練は地域性や環境の違いによる、その町ならではの防災・減災への工夫を学ぶチャンスです!

そして訓練終了後から自宅に帰り着くまでに大災害が実際に発生したら、その場で活動できるように。或いは、蒲田消防署へ直行して災害時支援ボランティアとして活動できるように、災害時支援ボランティア証を胸に付け、個人装備の救急セットとリュックを背負い出かけるようにしています。

その日は、日差しが強かったので蒲田消防ボランティアのオレンジ色の帽子も被って出かけました。

今回の見学は、東蒲田4町会の一つ。某町会の町会長が、「防災訓練の見学に来ると良い。」と、お招きくださったからです。

 

imgp2454 ←各町会は、各自の一時集合場所に集合して、そこから防災訓練会場の東蒲(とうほ)小学校に向けて、各町会毎に避難訓練をしながら集合してきます。私は、その集合前に会場に到着。会場で、訓練の準備をする町会役員・市民消火隊・消防団・区職員・消防署員に挨拶をした後、蒲田消防署の警防課防災係の準備を手伝いながら訓練開始を待ちました。

4町会の集合が完了。開会式が始まりました。蒲田消防署からはポンプ車と広報車の2台が来ていました。私は、消防署の紹介コーナーで、開会式の様子を伺っていると、ポンプ車に出動命令が入り、開会式の最中に会場から出動していきました。・・・さて、訓練の指導をするはずの消防職員の数が減ってしまいました。困った現場の指揮官は、蒲田消防ボランティアの会の帽子を被り、災害時支援ボランティア証を付けていた私に消防コーナーの係を頼まれました。

防災訓練は、大きく分けて2グループに分かれてました。1グループは、体育館の中で大田区が作成した防災ビデオ鑑賞。もう一つのグループは、外で消火器訓練と通報訓練を行いました。体育館でのビデオ鑑賞が終わると、外のグループと交代します。外のグループは消火器訓練チーム(町会)と通報訓練チーム(町会)に分かれ、それぞれの訓練が終わると交代します。つまり通報訓練には、4チームが交代で訓練をされました。

imgp2456←119番通報訓練(通信司令室側):電話で、119番通報をすると東京消防庁管内では、大手町にある災害救急情報センターに繋がります。『ハイ、こちらは東京消防庁。火事ですか?救急ですか?』という声が聞こえてきます。後は、消防職員の質問に答えていけば通報が完了します。

imgp2455←消防コーナーは、当初通報訓練のチームが、通報訓練の合間や訓練終了後に見に来るので、質問されたたら答えるぐらいで良いとの事でした。しかし、若い署員が通報訓練の説明をしている合間に、私は119番通報時に便利なカードを配り、説明が#119になると、そのシールやカードを配りました。通報訓練の最中、見学者の中を配りながらこまめに歩き回り、当初希望者にだけ配るように言われていましたが、配りすぎて通報に便利なカードは足りなくなってしまい。最後は#119カードとシールのみになってしまいました。

imgp2457 ←東蒲田4町会 各市民消火隊 C級・D級可搬式ポンプ(以下、D級ポンプ)

例年は、訓練最後には、4町会市民消火隊の操法・一斉放水を行うそうですが、今回は諸般の事情で行われませんでした。ただし、各市民消火隊は、自慢のポンプを展示しました。

imgp2458←どれも同じ形に見えるかも知れません。しかし、よく見てください。どれも使い勝手をよくする工夫や改良がされています。この写真の4台のうち、とくに内側の2台のD級ポンプ。一般的なD級ポンプは、手前のと同じ形です。エンジンの先頭の下に足が付いていますが、その足が車輪に替えてあります。通常は、D級ポンプの移動は、エンジンの後ろ上にある取っ手を握り、2名で倒して引っぱって移動します(1名でも動かせます)。しかし、ちょっとだけ移動させたいときには、小回りがきかず不便です。しかし、このように前の足を車輪に替えることで、小回りが利きます。引くだけでなく、押すことも可能になります。

 

imgp2459←このD級ポンプ(上記写真、奥から2台目)には、エンジンの左側に消火栓ハンドルを常備しています。これは消火栓ハンドルが搭載できるように専用の台を取付てあります。その上に消火栓ハンドルを載せています。消火栓ハンドルは重く、形状がT型で先端が鋭く持ち歩くには注意が必要です。また、災害時に消火栓にポンプが到着しても、消火栓ハンドルが無ければ、消火栓の蓋を開けるのは容易ではありません。それをD級ポンプに常時搭載してあるのは、画期的です。『自分の町は、自分たちで守る!』・・・そんな気概を感じる名機を見た気がしました。

 

今回は、純粋に他町会の防災訓練を見学するつもりで行きましたが、結果的には蒲田消防署の指揮官より蒲田消防ボランティアの会の活動(防災訓練支援活動)として記録すると、言っていただきました。さらに東蒲田4町会の方々とも知り合えました。中でも東蒲田二丁目南町会市民消火隊隊長には、C級・D級可搬ポンプの説明や訓練の様子など多くの話しを聞かせて頂きました。この場をお借りしてお礼申し上げます。

今後も、蒲田消防署管内の町内会・自治会或いはマンションや事業所などの防災訓練に支援或いは見学に出かけ、災害時支援ボランティアを多くの方に知っていただく活動を進めたいと、改めて思った次第です。

 

 

2012.02.06

AED救命の絆セミナー 第一部

2月2日(木) AEDメーカー“フクダ電子㈱”で開催された『AED救命の絆セミナー』に参加しました。http://www.fukuda.co.jp/aed/aed_event.html

 

第一部 講演:東京ハートセンター センター長 南淵明宏医師

AEDの話の前に、救命に関わる医師にも色々な人がいるという話から始まって、各種心臓病の話とその手術についてのお話がありました。難しい手術の映像や世界でも数少ない高性能カメラで撮影された手術映像。開腹シーンや細い血管を糸で繋げるシーン。3月11日の手術中に発生した東日本大震災。徐々に強くなる揺れの中でも手を休めず黙々と動かされる医師の手。照明のライトが消えかかる中も手術は、続けられていました。その後、手術は成功。手術を受けた患者さんは、全身麻酔だったので大震災が遭ったことすら知らなかったそうです。

 

手術中の映像ですから、当然真っ赤な動脈の血液が、溢れ出てくるシーンが沢山ありました。心臓の周りには、誰でも黄色の脂肪がとりまいているそうです。それを取り除くシーン。血液を人工心臓に切り替え、心臓を止め心臓にメスをいれたり、糸で塞いだり。細い血管を針と糸で裁縫をするようにして繋げたり、鮮やかな手の動きに驚きと感動が繰り返されます。・・・しかし、会場の一番前の席に座って講演を拝聴する私は、その数々のシーンを大画面で見て何度も気が遠のくのを抑え、気絶しそうな自分に言い聞かせながら我慢していました。

 

その後、南淵先生の“症状が無くても病気になる” “突然死ぬことがある” “症状と病気は関係ない” “心筋梗塞は誰でもなる” “原因も理由もなく、人は死ぬ”など、ほかにも今までの常識がどれも間違った認識であると先生は説かれました。

さらに仏教の“悟り”やギリシャの哲学てきな話に及びました。

 

そして“心室細動=心停止→死。AEDでは、この心室細動を元に戻らせることができるます(AEDで心室細動を治すことはできない)”

 

“胸骨圧迫で骨が折れる可能性はあるが、折れても助けて良いことになっている。それは緊急避難的発想で、正当化されている。” “だから心臓が止まった人を見かけたら、直ちに胸骨圧迫とAEDを躊躇無くできるようにしてください。”

・・・講演は、以上のような内容でした。

 

(初めは、手術シーンの迫力と、大量の“血液” に驚きました。でも、先生のように毎日 “死” と戦っている方がいて下さるからこそ、私たちは、いつかどこかで誰かに胸骨圧迫とAEDをさせてもらう機会があっても安心して施せると思います。そして救急車に引き継ぎ、さらには病院の医師に引き継がれることを切に願います。) 



第二部は、簡易救命講習 “PUSH講習会”でした。次回は、その様子を報告します。

2012.01.31

地域防災関係者の苦悩・・・

3.11以降、多数の町内会・自治会のなど地域防災の関係者は、混乱と苦悩を抱えていらっしゃいます。

蒲消ボYは、地域防災に関わる各種会合で、いくつかの町内会・自治会の防災部長・防火部長の方々とお話しする機会がありました。その話の中で、特徴的なのことがあります。それは3.11以降、地域防災の考え方が、大きく二つに分かれたことです。

 

一つは、『発災害時に出来る限りのことをしよう。』と前向きな考え方。もう一つは、『もう何をやっても無駄。津波の前では、(今までの防災訓練など)何も役に立たない。』という悲観的な考え方でした。

 

『発災時に出来る限りのことをしよう。』・・・今までの防災訓練は、集合型訓練(注1)と言われるものが大半を占めました。しかし、徐々に発災対応型訓練(注2)に変更するところが増えています。訓練以外では、町の危険箇所を調べる。避難誘導路を検証する。津波時の一時避難場所にマンションや工場などと提携する。通常の災害(交通事故や急病など)にも対応できる救急法や応急手当の講習会を実施する。市民消火隊だけが担当していた可搬式消火ポンプを町会役員や地域住民にも体験させるなど。防災意識が高まっているこのときに、地域住民を巻き込んで防災減災に強い町作りをしていこうという動きです。

 

『もう何をやっても無駄。津波の前では、(今までの防災訓練など)何も役に立たない。』・・・3月11日の東日本大震災ニュースを見て。或いは、実際に現地に足を踏み入れ現場を見てこられた方々が、(自然の猛威)津波の流れに人も家も車もありとあらゆるものが流される様子を見聞きされました。・・・・「こんな状況では、従来の防災訓練なんて何の役にも立たない。津波がきたら、この町に逃げる所なんてない。」「今までと違う防災マニュアルを(行政か消防が)作ってくれ。」「自分たちは町内会だろって言われても、防災の素人に何ができるか?」という絶望的悲観論的な動きです。

 

 

消防署では、東京湾の構造上3.11のような巨大な津波は来ないと言っています。例え津波が到達したとしても、何もかも流されてしまうような被害は無いでしょう。それでも想定外はあるかも知れません。その時に慌てずに対応するため、行政や消防も検証し行動しています。私たちも諦めず、その時のため今出来ること準備していきましょう。諦めず、まず今までの考え方を検証しましょう。そして良いところは伸ばし、足りないところは補って行きましょう。みんなで知恵を出し合いましょう。楽観は出来ませんが、悲観せず被害を最小限に抑え、元の生活を極力早く取り戻せるようにしましょう。

 

今、ショックで悲観的な考えの某町内会・自治会の役員さん。役員さんのプレッシャーは、計り知れないと思います。それでも地域住民より、地域の事を考え。地域住民の安全安心を導いてきた役員さんは、地域住民の頼りです。今まで地域防災や町会行事に参加してこなかった人たちも、防災の関心は高まっています。彼らの意見も取り入れて、より良い町作りをするチャンスと捉えてください。4年間で70%と言われる直下型地震。発災時は、もの凄く揺れるでしょう。しかし、これだって、発災直後の対応の仕方で、想定よりも少なく抑えることも可能です。今までの防災計画の活かせるところと、足りないところ。補えるところを検証して、直下型も恐れない町作りをしていきましょう。

 

地震発災時に家屋内の家具転倒で死亡しないように準備しましょう。発災時には火を消す行動はせず、揺れが収まっても火災が発生していたら、落ち着いて火を消しましょう。地震発生時に死亡せず、怪我をしなければ助かる可能性は高まります。この後(発災直後)の災害は、自然災害ではありません。事前に用意さえしておけば、防げる災害(人的災害)です。この発災後の災害を防ぐには、災害が起こる前の町作りにかかっていると思います。家具転倒防止の呼びかけ。倒壊の可能性のある家屋には、行政から支援してもらうように働きかける。燃えやすい物を置かせない。倒れやすい塀や壁を作らない。消火栓の上に車を駐車させない。中小企業には、町ぐるみで防災協議に参加さえる。避難路は、倒壊しそうな塀や壁を避ける。日頃の防災訓練を体験させるなど、今までの防災で訓練である程度まかなえます。それにもう少し、その町にあった防災減災の取り組みをすれば良いと思います。どうか、直下型地震でも被害の少ない町が出来ることを切に願います。

 

 (注1):町内の大きな公園等に避難して、その公園内で通報・消火・救助・救命・救護などを順番に体験或いは見学していく訓練。

(注2):突然の災害に地域が如何に対応し、災害を最小限に抑えるかを検証する訓練。

2012.01.16

年賀メールをいただきました!

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         『あけましておめでとうございます。
          本年もよろしくお願いします。
          年賀状をいただきありがとうございます。』

                  『本年ボランティア活動がんばって下さい。
                  私もなんとか、ハイパーでがんばっております。
                  本年は平和な年であることを、お祈り申し上げます。』

 

上記写真の方は、当会設立の翌年(平成15年)頃から約数年間蒲田消防署警防課防災係で災害時支援ボランティアを担当された(当時主任の)Sk司令補。担当を交代された後、六郷出張所中隊長などを歴任し現在は、第八消防本部ハイパーレスキュー隊隊長として活躍されています。

 

担当を交代後も災害時支援ボランティアの良き理解者であります。

そして当会の友人であり、当ブログの愛読者でもあります。

(上記の写真とご挨拶文は、正月に第八方面本部へ送った年賀状への返信メールです。)

2011.12.05

被災したら、参集せずに活動開始!

・・・Yの独り言・・・

災害時支援ボランティアは、震度6弱で都内の最寄り消防署へ自主参集する事になっています。
自主参集した人たちがボランティア本部を立ち上げ、活動チームを編成し、署隊本部の指示下で活動を行います。

以前は、何が何でも署或いは分署か出張所に“参集ありき”でした。

 

しかし、消防署の指導が変わってきました。発災後、自分に異常が無ければ直ちに被災した現場で活動し、現場が落ち着いたら、情報収集をしながら署等に参集するようにしてください。」と、署長をはじめ担当部署の方々がそのように言われました。


 
現場では、災害時支援ボランティアとして、当然チーム活動は出来ません。一人で活動する事になります。
 しかし、果たして一人でしょうか?
周囲に一般人がいたら、その人達に声をかけ、その人達を巻き込んでチームを作り、そのリーダーとして活動をし、発災時の初動を遺憾なく発揮する事を求めています。

私達、災害時支援ボランティアの一部は、消防学校にてリーダー講習、コーディネーター講習を受講しています。それ以外の人は、所属の消防署でボランティア講習という基礎的な訓練を受けます。
 
基礎訓練の繰り返しは、応用を容易にします。しかし、初対面の人に身分を明かし初対面の人に話しかけ、今何が必要か。今何をすべきか。を明確に話して協力を求める事が、その場でいきなり出来るでしょうか。被災場所が自宅なら、近所の人に声をかけることが出来るでしょう。でも、仕事や行楽で出かけた道端で被災し、誰かを助けなければ行けない現場にいたら、見知らぬ人に協力を求められるでしょうか?
 
心肺蘇生訓練時に周囲の人に通報やAEDを持ってきてもらうようお願いをします。

・・・このような状況を想定して訓練をしていませんから、初めは戸惑うでしょう。

例えば、現状を把握して、大きな声でハッキリと周囲の人に状況を話して、協力を求める。自分が災害時支援ボランティアであること。自分には何ができ、何が出来ないかを話して協力を求めたい。旨を話して協力を求める。・・・そんな訓練したこともありません。マニュアルもありません。今後、色々な方法を検討すべきです。
 

それと現場にあるものだけを使って臨機応変に対応できる知恵と知識を身につけるべきだと思います。
家具や柱の倒壊で足や体を挟まれ、一刻の猶予も許されない。素手では手に負えない。消防署へ行けば機材はあるが、消防署へ行く時間はない。さあ、どうする?

・・・近くの車に常備携帯されているジャッキを借りてくるとか。何には、何が応用出来るかを工夫し、数多くの体験をすることが大切だろう。

道具や機材があればどのように使うのか?なければ、何を活かしたら代わりに使えるか?
 
骨折した足を固定したい。三角巾があればどのように使うのか?なければ、何を活かしたら代わりに使えるか?日々の訓練で使用する物。訓練で使用する物が、ない場合には、何を代用すればよいか。日々考えておきたい。

 

まずは、大声で話す訓練から始めようか!・・・・・・・・・私は大声だから、それはいいか? 

2011.10.22

蒲消ボYの休日の過ごし方!

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10月16日 午前中某所で大掛かりな私的行事を終わらせ、某先生を東京駅まで車で送りホッとしていたところへ、災害時支援ボランティア仲間のIsさんから電話ありました。

「消費者生活センターの(第39回)大田区生活展に見学に行ったら、蒲田消防署のコーナーがありました。」「すると羽田出張所のN所長(元ボランティア担当係長)が、手伝っていました。」とのこと。いつもお世話になっているN所長が会場を手伝っているなら、今から見学に行こうと思い、車を蒲田駅に向けて走らせました。

 

蒲田駅前図書館のある建物1階が、大田区立消費生活センターです。その入口すぐに『消防PRコーナー』が設置され、消防職員の方2名とN所長がいらっしゃいました。

imgp1697消防・防災のゲーム機や子供用防火着が用意され、住宅用火災警報機を説明する精密な住宅の模型などがありました。

その横には、消防団募集幟に並んで、災害時支援ボランティア募集の幟も置かれていました。

imgp1696

私が到着して30分ほどの間に、見学の子供に防火着を着せてあげる手伝いなどをしていたら終了時間がきてしまいました。imgp1698

imgp1699←片づけを手伝って帰宅しました。

 

・・・災害時支援ボランティアは、消防署のお客ではありません。手伝えるときには、進んでお手伝いなどをして消防職員の方々とコミュニケーションを高めておくことも大切と私は思っています。

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